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​家族の体験談
​​タイトル:~息子よ!元気で長生きしてほしいと思っています~              

 

「自分の意志で治す」と言って何度も滑って刑務所に入ってしまった息子も自ら進んでダルクに「身元引受人」の依頼をして、今年の7月よりダルクにお世話になっています。

思えば本人から「覚せい剤を使っている」と知らされ、世の中が真暗になったことを昨日のことのように思いだされます。本人から話しを聞いたその日、本人の自首に付き合い、警察に行きそのまま逮捕となり帰宅できなかった。その日から今日まで17年の歳月が流れました。

私達が家族会に繋がったのは10年程前でした。当時は、息子との生活に疲れ果てて将来に夢も希望も持てませんでした。そんな私達夫婦が、なんとか前を向いて生きてこれたのは、私たちと同じような境遇にありながらも、家族会の皆さんが明るく希望を持っていたことです。

仲間とは、何と不思議なものかと思いました。私達家庭内だけで一生懸命対応していた頃の状態は悪化するばかりだったのに、薬物問題で疲れ果てた家族への薬は仲間の体験談や回復した人達の話を聞く事だったのです。それは、積もり積もった薬物漬けの息子との生活を聞いていただいたことから始まり、会員の皆さんのいろいろな体験談を沢山聞いたり、講師のお話を聞いているうちに元気になっている私達がいました。

 

ですから、私は、新しくビギナーとして家族会に参加人達が1回か2回で参加しなくなっているのを見るととても残念な気持ちなります。数年後にまた会うことになる方がいますが・・・ せめて、薬物問題へ対応する見通しだけでも身に付け元気になってからにして欲しかったのにと。

 

これからも、いろいろと難題にぶつかると思いますが、家族会の皆さんの力を借りながら歩んで行きたいと思います。

タイトル:~ずーっと見守っています~

本人(34歳)薬物依存症

本人はダルクに2年2ケ月入寮していました。スタッフを少し経験して就労活動をして、運よく仕事が見つかり働く様になりました。

本人にとって久しぶりの仕事です。精一杯働いたと思います。回復をしたと思ったのでしょう。ダルクを出て1人アパート生活も手に入れました。本人にとって最高の出来ごとだったに違いありません。働きながら自炊生活をして一度に頑張り過ぎたと思いました。

3ヶ月で身体が壊れ仕事は解雇、アパートは追い出されることになりました。すぐに地元に帰ってきました。

その機転の早いことには驚きました。真冬の凍りつくような寒い夜の日でした。「今夜止めてもらえるかな?」っと、突然の電話です。咄嗟に「今夜は無理よ」と返事をしてしまいました。

今まで突き放して来たので、受け入れる言葉が出てきませんでした。その後、連絡が取れず眠れない夜を過ごしました。数日後、友達の所に身を寄せていて、荷物まで運んで来ました。私は本人がダルクへ戻ってもらいたい。本人はまだまだ回復には程遠いと感じてましたから、ダルクの施設長さんには、本人が地元に帰ってきた事と、この先ダルクに戻ることがあったら受け入れて欲しいことを伝えました。施設長さんは、本人は戻るようなことはないでしょう。「この先ひと波乱も、ふた波乱もありますよ、本人が壊れないうちに戻るといいね、何時でも待っています」と言って下さいました。けど、先の事はどうなるか分りません。本人は地元に帰ってきて賃貸しアパートに住み、生活保護のお世話になりNAに行き、私たちにも連絡を入れてくれました。

しばらくは、本人なりに努力したと思います。3ケ月、4ケ月が過ぎ現実は甘くありません。

働く所もなく昔のクスリ仲間と再会6ヵ月も過ぎた頃には、昼夜逆転の生活。NAにも行かなくなりました。8ヶ月を過ぎた頃、夜の遅い時間に家に来て何か云いたそうだったので「薬でもやったの?」と言ったら「うん、やってる」の返事。

やっぱり!疑惑が確信に変わりました。

次の日、本人は病院へ行き薬をやった事を告白して入院となりました。

本人が地元に戻って来た時から私達は距離をおくことにしていました。

本人が回復に繋がる事は協力してあげましょう。

本人が何か言ってきた時は話を聞きましょう。

連絡はメールで取るようにしてきました。

近くに住んでいて普通に出来ないもどかしさ、遠巻きに見守るだけでした。

私の心の中は、不安と、心配と、何かあったら・・・との思いで精神的に参ってしまい、身体も病んで、病院通いの日々になってしまいました。

本人は入院して3ヶ月程経ちいよいよ退院の準備です。

病院の方から本人に障害者就労訓練施設の入所のお話がありました。本人はその気だったのです。

「ダルクには行きたくない」と言っていましたし、本人の前ではダルクは禁句でしたから退院も近くなると私たちも本人と面談がありましたので私たちの想いの気持ちを伝えました。

同じ仲間のいる所で回復して欲しい事、薬だけは身体のためにやめてほしい事、アパートへ戻って1人での生活は無理だと思う事、このような状態なら心から本人を受け入れられない事を言いました。

後は、本人が決めること、どうなってもしょうがない、なるようになるさ。

後日、本人から電話で「ダルクへ行くよ」との返事でした。信じられない言葉でした、本当に嬉しかったです。ダルクに行くことを決めたら早かったです。

病院の許可の元、外出届を出してアパートの片付け、ライフラインの解約手続きをして身辺をきれいにして退院と同時にダルクへ入寮していきました。ダルクの事は、十分承知の上での再出発となりました。(6ヵ月が過ぎました)

今はただ焦らずにゆっくりと回復することを願っています。

 

 

タイトル:~無題~

出所後、丸2年余りが過ぎ、本人は仕事にも慣れ落ち着いた生活を送っています。

始めの1年は、3ヶ月の休養後友人の会社にお世話になり、働き始めましたが1年でダウン、いきなりのフルタイムの仕事は身体がついていかなかったのでしょう。3ヶ月休職し、次は職種も営業から資格を取得していたフォークリフト等を扱う仕事に変えました。体を動かす作業は達成感があるのか無事1年を迎えました。職場の仲間とも気が合って怪我もなくやっている現状を見守っている毎日です。

タイトル~残りの人生~

今年に入り介護していた母が6月に亡くなりました。93歳でした。亡くなった後、自分が何していいかわからなく2~3か月ボーっとしていました。1日のスケジュールがあり、自由な時間がまったくなかったので時間の使い方がわかりませんでした。これからの人生、自分たちがどのような生き方をしていけばいいのか悩みました。夫も今年の10月で定年になり、これからについて話し合いをしてきました。結果、二人で家にいても仕方ないので、私が来年も働くことになりました。家族会に参加、10数年になります。本人は、現在十勝ダルクにお世話になっています。今も回復していず、再使用を繰り返しているようです。もう40歳をすぎたので少しは回復のきざしがあるのではないかと願っていました。しかし、先日書類の件で施設長さんから電話をいただいた時のお話では、再使用があったことをお聞きしました。再使用も回復していく過程だと思うのですが、気持ち的にはがっかりします。

本当に家族会に参加した年数はありますが、無力だと痛感しました。私たち夫婦も、残りわずかな人生をいかにいきていけばいいのかととく話し合います。出来れば田舎に住み、回復した本人と生活を一緒にしながら何かやれたらと考えています。そのため、お菓子やパン作りを勉強してきました。まだ、考えはまとまっていませんがゆっくり考えていこうと思っています。

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